裕福な家の若い娘であったキサ・ゴータミーは、そのひとり子の男の子が、
幼くして死んだので、気が狂い、冷たい骸を抱いて出、子供の病を治すものはい
ないかと尋ね回った。
この狂った女をどうすることもできず、町の人はただ哀れげに見送るだけで
あったが、釈尊の信者がこれを見かねて、その女に祇園精舎の釈尊ももとに行く
ようにすすめた。彼女は早速、釈尊のもとへ子供を抱いていった。
釈尊は静かにその様子を見て、「女よ、この子の病を治すには,芥子の実がい
る。町に出て四、五粒もらってくるがよい。しかし、そのけしのみは、まだ一度も死
者の出ない家からもらってこなければならない。」と言われた。
狂った女は、町に出て芥子の実を求めた。芥子の実は得やすかったけれども、
死人の出ない家はどこのも求めることはできなかった。ついに求める芥子の実を
得ることができず、仏のもとに戻った。かの女は釈尊の静かな姿に接し、始めて
釈尊の言葉の意味を悟り、夢から覚めたように気がつき、わが子の冷たい骸を墓
所に置き、釈尊のもとに帰ってきて、弟子となった。
『仏教聖典』98n〜99n